2011年9月30日金曜日
2011年9月29日木曜日
ベートーベンV協奏曲
この名曲、ベートーベン「バイオリン協奏曲」、目下、CDで聴いているところですが、この曲となると、前置き?、つまりオーケストラの序奏が長過ぎるのですよ。
かって、誰のだったか、実演を聴いた事があったのですが、独演者は、とにかく その序奏が終わる迄 まあ〜天井に目を向けたり、足下を見たりして、その姿を見ては申し訳ないくらいでしたな。
改めて、CDを よく聴いていたら、約3分くらいがそれでしたね。たかが3分と云っても、その場となると、結構長い時間ですよ!〜。
と云っても、CDでは、それが判らないので、どうでもいい事になりますが、実演ではそういきませんね。御同情の極みでした。
因に、このCDは、カラヤンとムターですから、まあ申し分ない組み合わせでしょう。
散歩道から 09-29
2011年9月28日水曜日
2011年9月27日火曜日
「法隆寺の謎」
その昔 “ 法隆寺の謎「隠された十字架」” とのタイトルで出された本がありました。著者は 哲学者 梅原猛。
ベストセラーになった本ではなかったですか?。
こちらは、法隆寺と云ってもズブの素人ですから、それだけに その本で すっかり洗脳?されてしまい、なんと、その本を抱えて、法隆寺迄出向いてみましたよ。
然し、その目でみると、確かに各所で、その謎に巡り会う事で、それはそれなりに納得しましたね。
その謎とは如何なるモノか?----------それを絵図にして纏めてみたのが載せた一冊でした。
本の著者に対して、別段反論が出されたとも聞いていないので、謎は謎として、それなりに現在に至るも 罷り通っているのではないかとも思うのですが?。
散歩道から 09-27
2011年9月26日月曜日
2011年9月25日日曜日
ダニエル カール
日本で活動するドイツ系アメリカ人である。英語指導主事助手や英語指導主事を経て、翻訳家として活動する。
さらに会社経営を手がけるなど実業家としての顔も持ち、のちにタレントとしても活動するようになった。
また、「山形弁研究家」という肩書きも名乗っており、流暢な山形弁を話すアメリカ人として人気を集めている。
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。星座はおひつじ座、血液型はB型。
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山形弁で話す------これが人気でしたね。
山形弁については正統派?である私ですら最敬礼!した程の達者な山形弁でした。
現在も元気なのでしょうね。
---------載せたのはYouTubeより。
対米感情の推移
1 青い目をしたお人形は、
アメリカ生まれのセルロイド--------。
アメリカは夢とロマンの国。
お月さまより遠い国であった。
2 鬼畜米英!
アメリカ人は、鬼か畜生になった。
3 進駐軍は神サマ、
“ギブミーチョコレート” は日本人の合い言葉
4 ヤンキーゴーホーム!
軍事基地、安保などで反米意識強まる
5 単なる商売相手
日本製品(特に光学器などでは日本の独壇場)に対してアメリカ人は頭を下げてやって来る始末。
これから先は どう変わっていくのだろうか?。
※ これを書いたのは、もう相当にムカシですね------現在の関係については どう書いてよいのか?。
------------ それは皆さんにお任せ、としておきましょう。
2011年9月24日土曜日
「修身」のテストから
1日本は昔から禮儀の正しい国だと申されています。
あなたの実行している食事の禮法をかきなさい。
一、姿勢を正しくしてたべる
一、感げきしてたべる
一、食器をていねいにとりあつかふ
一、にこにこしてたべる
一、あとかたづけをよくする
2 久田船長の人々をして涙を流させた点はどんな所ですか。
「船と運命を共にするのが、船長の義務だ。お前たちは、一人でも多くにげろ、それが 私のつとめだ」
といっているところです
3 橘中佐にしても、加藤少将にしても軍神と いわれる当然の理由はどこにあるのですか。
小さい時 から無口で、意志が強く、平生のおこなひがりっぱであり父母兄姉の おしへをよく守って、
軍にでてからも、てがらがあったからです
4 勝安芳のえらい点をあげなさい
意志の強い ふんとうどりょく の人であること
血をしぼり骨をけづって、じしょをうつした点がえらいと思ひます
5 日本人のどんな点について、アメリカ人は「日本人をあなどる事は出来ない」といふ感じをつよくしたのでせう。
わづか二百トン足らずの船で、よくもあの波のあらい太平洋を乗りきってアメリカにわたったことです
6 神鷲精神に続いて あなたは どんな所に、この精神を生かしていますか。
よく勉強し、寒さあつさに勝って 大きくなって必ず米英をうちたほし あくまでも日本を守るといふ精神です
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以上ですが、前にも その一部を載せた記憶がありますね。それは、最後の「日本をまもる」、この箇所で、ここでは、「攻める」のではなく 、「まもる」との受け身になっている箇所でした。