2012年4月14日土曜日

特攻機出撃


Z旗ひるがえる基地、必殺の特攻機今ぞ征く
(見出しの文面...当時は右から左へ書くのが正式の文)

 出撃する特効機の姿を大きな空をバックにして捕らえたこの写真は秀逸です。

見送る隊員の真ん中のノボリが利いています。美しい写真であるだけに飛んで行く飛行機の姿が哀れ。

 出撃基地は、主として鹿児島県、鹿屋町(海軍)そして知覧町(陸軍)などがありました。
特攻隊にまつわる話は今でもそれらの町に溢れている事でしよう。
そのいずれも涙なしには語れず、そして聞けず、風化する事なしに、そのまま永遠に続いていくのだと思います。

知人の、兄貴分の男から聞いた話では、これら特攻機攻撃の光景も、終戦まで続いたわけではなく、終戦近くには飛び出そうにも飛ぶ飛行機が足りず、出陣すべく待機していた多数の特攻隊員はそのまま何事もなく終戦を迎えてしまった、との事でした。

 それは、喜ぶべき事のように思えますが、その後、大勢の、所謂「特攻くずれ」と称されたアウトローが世に蔓延った事を考えてみる時、人間の生き方に強圧的な力で亀裂を生じさせてしまうと、生きている事そのものにこそ、完全なる意味があるにも拘わらず、醸し出されてきたのは「死ぬ目的への確信」から「生きるべき目的の喪失」という落差だけだったのではないか、と考えてしまいたくなります。

 いかにも断層が大き過ぎて「生きる事と死ぬ事」「有意義と無意義」について、彼等に長期にわたる錯乱状況と混乱状態を招いてしまったのだと思います。心因的な痛手は肉体的な損傷に勝るとも劣りません。戦争の悲劇は形あるものだけに存在するものではない、という事を改めて知ります。

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