2010年10月14日木曜日

小磯国昭

 
 戦局が思わしくなくなり東条内閣が辞職すると同時に総理になったのが小磯国昭でしたね。
 当時は山形県出身とあって県内では大いに沸きましたが、戦局不利はどうする事も出来ず、いつの間にか消え去った------------と、そんな印象があります。

 栃木県宇都宮に山形県士族(旧新庄藩士)で警察署警部・小磯進の長男として生まれる。山形県中学校・陸軍士官学校(12期)・陸軍大学校(22期)卒業。陸軍省軍務局長・関東軍参謀長などを歴任した。

 小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年(明治13年)3月22日 - 1950年(昭和25年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。新字体で小磯 国昭(こいそ くにあき)と表記されることもある。
 拓務大臣(第15・17代)、朝鮮総督(第9代)、内閣総理大臣(第41代)などを歴任した。
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 戦局なるものは一国の総理だけの力だけでは どうにもならないもんだ、と子供ながら納得した憶えがあります。

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