日本本土にやって来たB-29が、どれだけの爆弾を投下させたものやら、その数たるや相当なものがあったでしょうね。
加えて、それによって被った被害も莫大なモノがあったでしょう。
とにかく、このような画面では単なる黒い 点 々 に過ぎない爆弾が地上に到達するや、物凄い勢いで爆発するものですから〜。
本来であれば、それを迎え撃つ日本の戦闘機も大挙して防戦に努める筈のものが、それも もう欠乏状態にあったのでしょう、ともあれ敵の飛行機B-29のみが輝いている写真ですよ。
これに似たような写真が我が軍の航空隊の写真と共に、勇ましい文面を添えて新聞に載ったのは、当初の頃のみで、その後は数値を示す活字だけ、それも当てずっぽの数字だと、子供でも判るような幼稚な数字で溢れていましたよ。
---------それはそれ、いつもなら、このように大挙して襲って来たB29が、ある日の事、ひょいと数機のみ飛んで来た、となれば、もう誰もが見向きもしなかったでしょう。
そうでした、その誰もが見向きもしないB29から投下されたものこそ、そうです “ 原子爆弾 ” でしたね。
それは あの年の8月6日、これがヒロシマへ最初に投下した日でした。
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