2013年6月2日日曜日
散歩道から
夕方近くでの、いつものような散歩道を ゆっくりと〜
因に、通行人の誰とも会う事もなかったようで---------。
このあたりは、荒れ地か畑地か-------とは申せ、畑地であっても、中には作物を作らない畑地も確かにありますね。
多分、時代がそう させているのでしょうが〜。
まあ〜思うに、 このへん一帯 、人口密度は低い方なのでしょうナ〜。
戦争時の新聞から--火だるまB29
実際は、この事例は2桁は勿論3桁数字であったかもしれません〜。
ただ、いくらどうにかしようと思っても、どうにもならない災害だった筈ですよ。
戦争はイヤだ と思うのはこのような事例があってこそ---と、ホントそれもありますね-----。
戦争新聞から-- B29
載せたのは、B29編隊で、その中に 一機のみ 遅れているのはエンジンの一基が やられているせいで、と、当時のカメラマンは そう判断したのでしょう。
でも、4基あるエンジンが、仮に1基 やられても、充分飛べるだけの機能は残されてある筈、と、 当時の私は判断はしてみたのですが?〜。
そんな事で、この場合の 遅れている一機も、まあ〜何とか基地迄飛行出来たのではないかな、とは思ったのでしたが?〜。
まあ〜やられているにしても、もっと別の致命的な箇所も有るや否や とも思ったものの、深読み出来る程の 飛行知識も ある筈も無いので、それ程の判断迄は至らなかった筈でした。
いずれにして、このB29が最後迄飛んで帰れたのか、憶測であれ、多分 帰れたろうと、そう判断していましたよ〜。
ただ、そう云っても、敵を 慮る(おもんばかる)程の、心豊かな少年である筈もない立場でしたから、単にメカの立場から そう思っただけでしたが〜。
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