齋藤彰のブログ
2010年4月25日日曜日
伊能忠敬
伊能忠敬は どんな方法で測量して地図を作ったか、となると、それなりに納得出来るのですが、それよりも、とにかく日本全国を歩いた---------これに最敬礼しますね。
ひと口に “ 全国を歩いた--- ” と云っても、それはそれは大変なことですよ。
現在の我々は一日で どのくらい歩くと思いますか?----------- ホント、どのくらいでしょう。伊能忠敬から見れば全く歩かないと見られる範囲ではありませんか?。
そろばん
私が生まれたのは昭和8年、その頃の大人は大体が明治生まれ----となると、その当時には学校制度は無かったので、自分努力でマスターした者は別として、大部分の日本人は読み書きが出来なかった----------とこれが実態(特に地方では)だったでしょうね。
勿論 寺子屋はどこかにはあったのでしょうが、大衆には無縁だった筈。
改めて申し上げて、とにかく、大抵の大人が読み書きが出来なかった-----とか、信じられます??、然し、実態はそうだったのですよ。私が小学校に入って、農家のオッチャン相手に手ほどきをして差し上げた、とか、戦後すぐ行商する これもオッチャンと一緒にお伴をして、計算係として手伝って これまた大層な小遣いをせしめた、とか、とか、とか、信じられない事がいっぱいありました。
ともあれ、それで よくぞまあ~戦争がやれたもんですなあ~~驚くほかありません。
2010年4月24日土曜日
諏訪根自子
覚えていますが、彼女のリサイタルを聞いたのは中学の頃だったのか、いつだったのか、まだ、こちらはクラシックの極意?に達していなかった頃だと思われるので記憶は定かではありません。ただ、山形出身であればこそのリサイタルであったろうし--------- との事で記憶に残る事になりました。
ともあれ、現在に至るも彼女の音楽を評する立場にはありませんね。
詳しくは下記をどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/諏訪根自子
木村伊兵衛
前述の「土門拳」に対するとなると、もう一方の大御所は「木村伊兵衛」でしょうね。
どのように比較されているのか、いろいろ解釈はあるのでしょうが、詳しくは省略させて頂くとして、載せた作品等がそれです。
夜の野外
昨夜写した単なる戸外の状況ですが、目で見ては ほぼ真っ暗なのに、このデジカメ感度がいいのか、これだけの画像になりました。
雨による反射光が功を奏した点もあるのかも知れませんが。
---------------昔のフイルムカメラからでは想像も出来ない性能です。
ドガ「踊り子」-2
ここに載せたのは別途検索からの、同じ「踊り子」ですが、そのままの色調がこれだけ違ってしまうと、これ又厄介な問題になるでしょうね。(ここでは修正を加えていません。)
↓
下段の「踊り子」は、以前のと重複掲載になっていました。ご免なさい。
ドガ「踊り子」
有名な絵ですが、どうも気に入りませんね。
前に出している左足が長過ぎるのと形が不自然なのですよ。
加えて、上に挙げた右手が短か過ぎます。
...........その他いろいろ。
とにかく、全体像としてデッサンが幼稚です。
------------ ドガとだけで名画として評価されている事に抵抗を覚えますね。
駄作です
よ
!
-----。
※
ここでの コピペの不味さは論評外として下さい。
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