大東亜戦争が始まったのは私の小学校2年生の時でした。
その時だったと思うのですが、戦争について、綴り方(作文)を書かされた記憶があって、私も一生懸命書いた筈でしたね。
その中身については、勿論覚えている筈もないのですが、ただ、最後の方に “ この戦争は負ける〜と近所の大人達が云っていました。私もそう思っています ” -----云々、と書き添えた記憶がキチンと残っているのですよ。
それはさておいて、その後間もなくか、父兄達による授業参観があって、その席上、先生が、その作文を読んで下さったのはいいとして、肝心の最後に書き添えた負ける云々は省略されていたので、ありゃりゃ?〜〜と思いましたね。
同席した私の母親などは結構いい気分で終えたと思うので、今では あれでよかったとは思うものの、釈然とした気持ちは残っていますよ〜。
思うに、当時の近所の人々に、敗戦を見通すだけの達観があったのか、勿論、そうではないと思うものの、何と云うか、世間の人々のバランス感覚とでも云うのか、勝った勝ったと叫ぶ、その裏に必ずや 一歩引いた考えをも持ち合わせて納得しようとする-----それが普通の庶民なりの大事に対する対処すべき姿勢〜だったと今では そう思うのですよ。
載せたのは、その頃描いた絵のついたテスト問題。
因に、仮名使いが現在とは違うので「ヒコウキ ヒコウキ」の筈が「ヒカウキヒカウキ」と書かれてあります〜。
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