2011年11月27日日曜日

“ 敗戦は天佑である”---

 当時の母校の 山形市第七 国民学校(小学校)。
 私のスケッチから。

 
 これが 当時の写真、但し、現在は全く新しい校舎に生まれ変わっている。

 終戦は、この小学校六年生の時でした。
 終戦から間もなくの数日後、全校生が集められ、その時にS先生が話された最初の言葉は「ここで終戦を迎える事が出来たのは天佑である-----」との言葉でしたね。

 その事を、家に帰り私の次兄に話したところ〜〜「戦争に負けて天佑と抜かす?〜〜その先生はバカだ!、大バカだ!」との声高の罵詈雑言!でしたよ。

 まあ〜まあ〜〜今に至れば、その両者の言葉の持つそれぞれの意味合いに納得出来るのですが、当時としたら、その両者の言葉共々正しいと思いたいにせよ途方に暮れたのが事実でしたね。

0 件のコメント:

コメントを投稿