2014年11月6日木曜日

大東亜会議

大東亜会議と云っても知らないと思うのですが、あの頃 子供だった私のアタマに何となく今でも残っているわけですから、当時は大変大きな会議として行なわれたのでしょうね。
検索から お借りした概略が以下ですので、興味のある方は お読み下さいませ。

以下

昭和18(1943)年11月5日、大東亜会議が帝国議会議事堂(現・国会議事堂)で開かれ、翌11月6日に大東亜共同宣言が発表されました。この会議には、東条英機首相(日本)・ワンワイタヤコン内閣総理大臣代理(タイ)・ラウエル大統領(フィリピン)・バー=モー首相(ビルマ)・汪兆銘(汪兆銘政権行政院長)・張景恵国務総理大臣(「満洲国」)・チャンドラ=ボース(自由インド仮政府)が出席し、大東亜共同宣言では「共存共栄」「独立尊重」「文化の高揚」がうたわれました。
会議は11月7日に閉幕しました。
大東亜会議(だいとうあかいぎ)は、1943年(昭和18年)11月5日 - 11月6日に東京で行われた首脳会議。

当時の日本(大日本帝国)の同盟国や、日本が旧宗主国を放逐したことにより独立を果たしたアジア諸国の国政最高責任者を招請して行われた。
そこでは、大東亜共栄圏の綱領ともいうべき大東亜共同宣言が採択された。
日本は第2回目の大東亜会議を開催する計画を持っていたが、戦局の悪化に伴って開催困難となり、昭和20年(1945年)5月には代替として駐日特命全権大使や駐日代表による「大使会議」が開催された。


0 件のコメント:

コメントを投稿