2012年11月30日金曜日

窓からの眺め


五時丁度の頃の 窓からの眺め、です。

日も短くなりましたなア〜。
夏の頃であれば、まだカンカン照り の頃でしょう。

日が短くなればこそ気温低下に連なり、結果的に寒くなる〜これが自然の摂理?ですよね。

 〜今日も、季節に従って、早く寝る事に外ありませんね。

散歩道から11−30-2


 冷たい12月の夕方ながら、咲くべき花はキチンと咲いているのが いじましいと申すか、健気と云うべきか〜------- 褒めて差し上げたい気がするもの〜。

 ---------- それにしても何の花なんでしょうか?〜。



「まる」には審美眼?はゼロなのでしょうかネ〜。
花の美しさには さておいて〜〜。
いつもの通り、出すべきモノを出してケロリとしてますから〜。

向こうの住宅からは、一日も早く 笑い声が聞こえてくれば〜と願っているところですが〜。

新聞切り抜き帳から



昭和20年12月8日、毎日新聞からの切り抜き。小学校6年当時。

上の赤い横書きの箇所は、後年の私のコメントから。

「大東亜戦争を総括して理解したと云えるのは、この記事を読んだことからが多い。
私にとってはホントになつかしい記事。
たかだ小学生というものではない。小学生も六年生となると、相当の理解力を持つものだと思う。五年生の時は「ヒコーキ」一辺倒であったが、半年後には、曲がりなりにも天下国家に注目するようになる。
但しこの記事が、アメリカ側の一方的内容で独善的なものである点までは気がついていたとは思えない。六年生のアタマには限界があった。〜--------」

-------と云ったことで、改めて読んでみよう、と思っても、なにせ当時の文面の文字は かなり小さくて、読めるものではありませんね。数行読んでギブアップでした。

因にここでのこの記事はシリーズとして、かなりの日数続けて載ったとの記憶があり、調べてみたところ、その全部、キチンと 保存されていましたので〜。



その当時の皇太子殿下〜 現  天皇。
これも 新聞 切り抜き帳から。

昭和20年12月16日、学習院初等科、6年生。

私と同年 同学年 でした〜。

散歩道から11−30-1-2


この樹の並びでも、道路に葉っぱ一枚落ちていませんから〜。


 ここでは落ち葉がみられたのですが、並んでいる樹々すべてが違う種類のように見えましたが?〜。

--------となると、どうしても落ち葉が防げない樹々もあるような感じもしましたネ〜。

この木、と云っても別に問題もないようですが、下の写真  ↓ を御覧下さい。


根っこ  の方がこれですよ〜。

-------ともあれ、針金のお蔭で、辛うじて倒れずに生きながらえている感じでした〜。

---------アッパレ!なもんですヨ〜。

散歩道から11−30-1-1


ゴミ出しの光景には、こちらでアタマが下がる思いをする事例が、どこにでも見られる思いがしますね。


道路にはみ出している分、警告を兼ねて 後ろに青いシートを垂らしてある〜と、お見受けしたのですが------。


こちらでは、道路にはみ出して落ちないように、ちゃんと吊るしてありますよ。


最小限はみ出してOKの場所となれば、このような三角地帯〜確かにそうですね。

2012年11月29日木曜日

戦後初の総選挙当選者から


昭和20年12月16日の毎日新聞 からです。
東京、神奈川、埼玉、茨城 〜そのあたりですね。

ただ、これって読めないだろうとも思いますが〜。
名高い当選者の名前を何人か、となると--------。
鳩山一郎(61)、浅沼稲次郎(49)、野坂参三(55)、鈴木茂三郎(54)、
河野一郎(49)、片山哲(60)、
荒船清十郎(40)、 ------- こんなところでしょうか。

それにしても、いずれも皆、若かったですなあ〜。
今となってみれば、信じられない年齢ですね。

散歩道から11−29-1-2


太陽光の拡散方向に、放射状に近く 雲か霞か、それらが現れ出るのは考えてみれば不思議にも思う次第ですが〜。
前にも申し上げたような気もしますが〜〜。


一方、太陽光とは関係なしに、勝手に群れを創る雲集団??も存在するようで〜。


「まる」は、どちらかと云えば 野っ原が好きのようですね〜。
従って、向こうのジャングル?〜には決して入っては行きませんヨ----。


まあ〜この赤さ!-------凄いもんですヨ!〜。
これだけ赤くなる〜にはそれなりの理由があって、数百千年来、その規則?を貫いて生き続けて来たのでしょうなア〜------。

散歩道から11−29-1


 道路の傍には、よく眺めてみると、実に多彩な色彩を誇る?樹や草が勢揃いして並んでいるもんですよなア〜。

秋の装いを競って展開し始めた樹々が多いようで〜。


見上げれば空!〜、目に入ったのは、音もナシに飛んで行くヒコーキの姿でした。

庭の こぶし



見事な冬への衣替えで、葉は黄色一色となりましたね。
この美しさは やはりこの季節でないと〜〜とは思うものの、これからは、落ち葉対策にアタマを痛める日々が訪れます〜。

まあ〜それさえ無ければ、とは贅沢な言い草かも知れませんが、それが現実でございまして〜〜。

古代の機械


日本では弥生時代に作られていたギリシャの天文時計?〜。
ホントかいな〜と、まず疑いが先に立ちそうですね。
一面、そんなに優れていたギリシャ人の現在は?とか、それも聞きたいですよ。

それはそれ、ともあれ、日本での弥生時代に、ギリシャ人は、このような時計を作っていたとの事で、とにかく驚きますよなア〜。

 TV で 今晩10時からだそうで〜〜。

朝の光りを浴びて〜


朝日を一杯に浴びて、大イビキをかいて潰れている「まる」!〜でした。

朝一番〜


いつもの眺めと今日も変わっていないのが何よりの精神安定剤のようで〜。


目一杯拡大して写した 給水塔、像の崩れは全くありませんね。
何よりも空気がキレイで安定しているからですよ。


 左下から右上へと流れる雲の筋、それをメインにして構図もそれに沿わせたつもり〜


右下の、斜めにピカリと光っている屋根の縁(へり)、これが画面のバランスを保った感じかナ〜。

 まあ〜まあ〜講釈が先に立つ---------このへんが凡才の証し(あかし)だろうナ〜。

2012年11月28日水曜日

窓からの眺め


雨が降っているかと思い窓の外を眺めて見ましたが、その気配は無いようでしたね。
家々の灯りも一部だけのようで、この寒さですから、寝る支度中なのかも〜-------。

まあ〜こちらも、それに倣ってオワリにし、もう寝る事に致しましょうか〜〜。

アクセスカウンター

現在の私のホームページは  1998年10月からスタート   しました。
ざっと14年前からとなるでしょうか。
最初の頃は、どうなるものやら、どこ迄続くのやら、懸念条件は多々ありましたが、ともあれ、今日迄続くとは到底思えませんでした。

ホント、ここ迄来るとは全くの想定外!〜でしたね。

.それはそれ、アクセスカウンター のこれ迄の推移は、ざっと以下ですので〜〜。          
                                                                .            2006年02月27日

2012年?月?日

2012年11月28日(本日)

散歩道から11−28-2


単なる散歩道からですが、「まる」がボケたのは動きがあるからと、それは理解出来るのですが、写真の左側と その左上を除いて、その他もボケているのが分かりませんね。

カメラが  どうにか傾いていたとしても、この画面のようにはボケないと思うのですが どうでしょうか------。

 まあ〜どうでも良い事ですので、考えて下さる事にも及びませんので〜〜。

ラジオプレイヤー




これは現在、ここのテーブルの端に置いてあるCDプレイアーで、使用頻度は結構高いく現在では、まあ〜必需品ですね。


こちらはオールドフアッションのラジオとテープ専用器です。
置いてあるのは、浴室で、夏は専らナイターで、それ以外はテープでの音楽専用。
但し、音楽と申し上げても 交響曲だの協奏曲だの、との大型音楽ではなく、ピアノ クラスの どちらかと云えば軽い?方でしょうか。
 それにしても、まあ〜古臭いラジオになり果てましたなあ〜。

ガダルカナル戦






日本軍は作戦上で失敗、ソロモン海戦に敗れ、基地航空隊も激しく損耗。物資不足、マラリアの感染にも悩み、日本軍は派遣部隊の3分の2、餓死者を含め約2万1000人を失った。

 開戦以来、苦渋の中、初めて惨敗に終わった戦闘だったようです。
 ガダルカナル島は別名「餓島」とも呼ばれましたね。
 蓋し名言でした〜。

ガダルカナルの詩


ガダルカナルの詩
ガダルカナルでの戦闘は文字どおりの地獄の闘いでした。
半年近く続いた闘いは昭和18年2月日本軍の全面撤退で幕を閉じました。
但し、まだ戦争中期の頃だったので、新聞の切り抜きはありません。

ガダルカナルの壮絶な闘いについて記憶に残るのは、その闘いを詠った詩を先生が黒板に書いて私共生徒に書き写させた時のことです。
その時のノートが残っているので載せてみました。
書き写したのは闘いから2年余り後、戦争も終わりに近い頃、六年生の時。
書き写した当時の事は些細な箇所に至るまで今でも全部覚えていますね〜。       

ここにして これあり
これぞ この米のかゆ
はろばろと数千里
よあし原みづほの国のみたからだ
ひととせを汗にまみれて
磨き上げたる 真珠宝石
わだつみの逆巻く潮を
のりきりて
いのちに代へて海軍さんの
護り来し神のたまもの
敵機の下をころびて
雨なすたまの中はひつ
汲みたる水を 飯盒にいれ
爆撃ごとに火を消して
去りては又焚きつけ
つとめて煙出さぬごとく
ねじり鉢巻して焚き上げたる
この味は二つなし
いささかの塩っぱい海水に
とぎしたの(1字不明)も
(わが涙までまじりしならじ)
いざ喰らへ
わが戦友(とも)よ
喰はで死にし
わが戦友(とも)よ
これぞこの米の粥ぞ     

吉田 嘉七
------------------------------------------------
われは信ず
一、ジヤングルに深くこもれば
雨は夜々肌へを洗ひ
壕内に日々を送りて
敵弾を常に浴びつつ
いつの日に友軍機飛び
糧来るや われらは知らず
されどただわれらは信ず
われらは勝つと

二、幾日ぞ弾丸(たま)を撃たざる
幾日ぞ米を喰はざる
屋根なせる「星」の翼
(「星」とはこの場合「星条旗」を指す)
ジャングルに木のかげは失せ
嵐なす敵の弾丸に
つぎつぎに友はたふれぬ
されどなおわれらは信ず
われらは勝つと

三、みかへればやせさらばえて
肉そげし ほほよ 腕(かひな)よ
よし弾丸は免れ得とも
長くよし 生きてあるまじ
友軍機いまだ飛ばざる
糧秣(りょうまつ)も遂に来らず
しかも尚われらは信ず
御国は勝つと        

吉田 嘉七

散歩道から11−28−1−2


時折感じるのですが、雲は、扇状に広がる太陽の光に沿って展開する、と、そう考えたくなる時がありますよ〜。
載せたのが、そんな感じを受ける写真です。

勿論、それは単なる思い込みで、実際は遠近によって生ずる広がりでしょう----。


飛行機雲は別に珍しいモノでもありません。

それはそれとして、乗っている操縦士は、時間から推測するに、夜明け前から訓練を受けて待機していて、その結果として現在空の彼方に姿を留めているのでしょう。
タイヘンな仕事ですよなア!〜〜。


このような空き地があればこそ、この辺に住んで良かった、と毎度思っている次第ですが、一方、これらの空き地に対して、その有効使用の方策が見当たらない、との難問を抱えておられる方々も居られるとなれば、一概に あれこれと申す立場にはないとは思うのですが〜。


これはカメラを斜めにして写したもので、傾斜地ではありません。

いずれにしても「まる」も動物である限り、このような地を好むのは当然でしょうね。

散歩道から11−28−1−1


こちらの通りから、かなり離れて見える花の一列〜-------。
結構サマになっていて目立ちますね〜。


行列が それぞれ〜 うねっている〜----- そこに風情がありますなア〜。
真っすぐでは感服するのは当然として、どこか冷たい感じがするのでははいかナ〜。


いつもの定番の場所で、大抵は ここに来て “ 出すモノ” を出すようで〜。


我が家のすぐ前、空には何やら怪しい雲が増えて来たようで〜〜。
ただ、まあ〜降るような気配はありませんが〜。