2010年9月4日土曜日

バドリオ将軍





 イタリアの降伏

~ 午後6時30分 アルジェ放送 ~
 こちらは、連合軍司令官アイゼンハワー大将である。
 イタリア政府は、その軍隊を無条件に降伏させた。 本職は軍事的停戦を許可し、米英ソ三国政府の承認を得た停戦条件を認めた。 停戦協定は本職とバドリオ元帥との代表によって調印され、この瞬間に発効した。 イタリアの国土からドイツ侵略者を駆逐するために援助する全イタリア人は、連合国の支持と支援を受けるであろう。
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 イタリア国内でも戦局の悪化によって、43年3月ー4月にパンと平和を要求するゼネストが北部一帯に広がり、ファシズム体制が動揺した。 この結果、国王と軍部、ファシスト党の幹部が革命を回避するために、戦線離脱を目的にムッソリーニ首相の解任・逮捕、バドリオ将軍の首相任命に転換した。
 これが43年7月25日の宮廷クーデタである。その後、すぐに連合国と接触を開始し、9月8日の無条件降伏に至る。 こうして、43年は第二次大戦 戦局の大きな転機となった。
 http://www.law.ryukoku.ac.jp/~takahashi/html/essay/surrender.html

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 バドリオ将軍はよく記憶に残っています。“裏切り”との言葉を知ったのも多分こんな状況からだろうと納得しましたね。特に 濁音まじりの名前がいかにも それらしく響いた事もあったと思います。

  写真は、処刑されるムッソリーニ 他。

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