2016年1月12日火曜日

「ここにして これあり」


インパール作戦での奮闘を詠った詩
戦争末期の頃だったか、小学校6年の時に先生が黒板に書かれた詩文 をノートに写し取ったもの。

ここにして、これあり
これぞ、この米のかゆ
はろばろと数千里
よよ あし原みずほの国のみたからだ
一と年(ひととせ)を汗にまみれて
磨き上げたる 真珠宝石
わだつみの逆巻く潮を
のりきりて
いのちに代えて海軍さんの
護り来(こ)し神のたまもの
敵機の下をころびて
雨なすたまの中はひつ
汲みたる水を、飯盒(はんごう)にいれ
爆撃ごとに火を消して
去りては又焚きつけ
つとめて煙出さぬごとく
ねじり鉢巻してたき上げたる
この味は二つなし
いささかの塩っぱい海水に
とぎしたの(一字不明)も
(わが涙までまじりしならじ)
いざ食らえ
わが戦友(とも)よ
食はで死にし
わが戦友(とも)よ
これぞこの米の粥(かゆ)ぞ
 -----吉田嘉七------

 ※これを先生が黒板に書き連ね、それを私共が書き写している間は、教室には 咳 ひとつありませんでしたね。
こんな詩を知っていた私共が 現在に至って この詩でのインパール作戦の失敗を知って、改めて無念 と同時に憤怒の相を あらわにしたところで当然でしょう〜。

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