2016年1月17日日曜日

戦中の小学生の服装の変遷


以下、山形市での実情から。

左から
昭和15年 一年生
(ランドセルは)本カワのものではなく、プレスをした紙製のもの。
「代用品」は その頃からスタートしていた。
←ズック靴。

昭和17年 三年生(開戦』は二年生の時)。
↓ ウラオモテ紅白の帽子。 
 目立つようにしてあるもの。
← カバン。

昭和20年 春すぎの頃。六年生。
(終戦が近くなって来た頃から)。
←防空ズキン
(母親の花嫁衣装などで作った変なガラのが多かった。)
←上着はアサ袋みたいなものしかない。
← カバン(単なる袋)。
 弁当は わけのわからぬもの。
← 端ギレはスフ。
←中にはホータイ、三角布、マーキロ など。
 通学には必携のもの。
← 親ゆずりの ドダ靴のようなもの。

※ まあ〜そんなところで、 もたもたしているうちに終戦-------となった次第でした。


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