「マレー沖海戦」
艦船は當然ながら プリンス オブ ウエールズ号 です。
前にも載せましたが、この絵は ソラで描いたので、左上斜めの飛行機を忘れて、更に水柱の右に描くべき飛行機も、左に描いてしまっていますね。
以下、当時の「国定教科書」から
十 不沈艦の最期
一
十二月九日の昼過ぎである。
飛行基地の兵舎では、各攻撃隊の指揮官たちが、しきりに作戦をねっている。シンガポール軍港にいる英国東洋艦隊旗艦プリンス =オブ =ウエールズと、戦艦レパルスを、どうしても撃滅しなければならぬ。だが、敵は軍港深くたてこもって、出港するけはひがない。いっそのころ、こっちから出かけて行って、軍港内の主力艦をたたきつけるか。さうだ、明日こそ----- このときであった。哨戒中のわが潜水艦から、「敵艦発見」の第一電が入った。一同、思はず総立ちとなった。「各部隊、直ちに出発用意。」の命令が、八方へ飛ぶ。
いよいと出発といふ時は、日没までわづか一時間餘りしかなかったが、各部隊は、こをどりして基地を飛び立った。
のぼっても、のぼっても、雲である。時々、その切れめから海が見える。わが輸送船が、南下していくのが見えた。雲はますますこくなり、雲の下では、ものすごくスコールがあばれている。めざす地点に来て、雨をついて、雲の下へ出てみたが、敵艦の影はなく、やがて夕やみがたちこめて、何物も見ることができなくなった。
「引き返せ。」の命令が出た。むちゅうで飛んで来たのが、帰りとなると足が重い。妙に、つかれたやうな、腹立たしいやうな気持ちでいっぱいであった。
二
十日三時四十分、待ちに待ったわが潜水艦から、「敵艦発見。」の第二電が来た。今日こそはと、だれの目にも、固い決意がひらめく。整備員は、燃料積み込みに大わらはである。
全員整列、ほんのりと夜の夜のとばりが明けて行かうとする基地で、出撃の訓示をする司令の目は、ぎらぎらと光っている。
「千載一遇(せんざいいちぐう)の好機である。全力をつくせ」
「はい、死んで帰ります。」
訓示に答えるやうに、全員のまなざしが かういっている。
死といふものが、この時ほど容易で、當然に思はれたことはなかった。
今日も雲が多い。まず偵察(ていさつ)機が出発し、八時を過ぎて、大編隊は、数隊に分れて次々に南へ飛び立った。
進むに従って空は明かるく、眼下に點々と、白い断雲(だんうん)がかかる。
何時間か飛んで、まさしく潜水艦の報告した地点まで来たには来たが、どこにも敵艦らしいものは見えない。ただ、青い海原が、はてしなく続くだけである。止むなく反転する。
三
「敵主力艦見ユ。北緯四度、東經百三度五十五分。」
まさしく。わが偵察機の報告である。
反轉しつつあつたわが隊は、この報をとらへて一路機首を北へ向け、めざすクワンタン東方八十キロメートルの洋上へ、まつしぐら。
續いて、第二報があつた。
「敵主力ハ、驅逐(クチク)艦三隻ヨリ成ル直衛ヲ配ス。」
機内に、どつと喜びの聲があがる。搭乘(たふじよう)員の目は一つになつて、海の上へ燒きつくやうに注がれる。
おお、見よ。英國が最新鋭をほこるプリンス‐オブ‐ウェールズを一番艦に、レパルスがこれに續き、驅逐艦三隻が先行してゐるではないか。各艦のけたてる眞白な波が、くつきりと目にしみる。
四
十二時四十五分、
「突つ込め。」
の命令である。高度をさげて行くと、敵艦は、いつせいに防空砲火を撃ち出す。すきまもなく炸裂(さくれつ)する砲彈を縫(ぬ)つて、たちまち爆彈を投下した。大型爆彈が、レパルスに吸い込まれるやうに落下すると思ふと、みごとに後部甲板(かんぱん)に命中する。こげ茶色の煙とともに、火焔(かえん)がぱつともえあがつた。
われわれ爆撃機隊は、更に大きく彈幕の中をめぐつて、二度めの爆撃に移る。と、この時、わが雷撃機の第一隊が敢然と現れた。
雷撃機隊は、たちまち二隊に分れた。一隊は右からウェールズへ他の一隊は左からレパルスへ襲ひかかる。
防空砲火は、必死である。ざあつ、ざあつと、スコールのやうに、彈丸の幕が行く手をさへぎる。炸裂する彈の破片が、海上一面にしぶきを立ててゐる。
まことに死の突撃である。だが、わが機は、まるで演習でもするやうに落ち着いて、極めて正確に次々と襲ひかかつた。
一番機が海面すれすれにおりて發射した魚雷が、みごとにウェールズに命中して、胴體から、マストの二倍ほどある水柱があがつた。と見るまに、機は艦橋をすれすれに飛び越えながら、激しい掃射を浴びせかける。
レパルスへ襲ひかかつた一番機の魚雷も、命中する。
兩戰艦は、ちやうど大きな鯨(くぢら)がもりを食(く)つてあばれるやうにもがきながら、大きく針路(しんろ)を變へた。ウェールズは右へ、レパルスは左へ。
すかさず、二番機・三番機が、二艦の針路をねらつて、それぞれ右から左から魚雷を發射した。
ウェールズを襲つた二番機が、魚雷を放つてその右舷前方にさしかかつた時、機はぱつと赤い火を吐きながら、火だるまになつて自爆した。それと同時に、魚雷はウェールズの舷側で、みごとに大きな水柱と火焔をあげた。
五
第二・第三の魚雷機隊が、次々に現れて攻撃にかかる。深手を負つたウェールズは、見る見る傾き始めた。四十五度まで傾いて、あはや沈むと思ふとたん、ふしぎにもむくむくと起き直つた。さすがに、不沈をほこるだけのねばりがあると思はせる。
レパルスは、速力がぐつと落ちてウェールズの後方、二千五百メートルの海上にある。艦はすでに火災を起してゐたが、砲火はほとんど衰へない。襲ひかかるわが一機が、火だるまになる。その自爆と同時に、魚雷がレパルスに命中する。續いてまた一機、これも自爆と命中といつしよである。それを見るたび、
「おのれ。」
と、一時に怒りがこみあげる。しかし、それも直ちに消えて、
「ああ、りつぱだ。りつぱな最期だ。」
といふ感じに變る。直立して、この勇士に別れを告げた。
高角砲の目もくらむやうな光の中で、レパルスの水兵が甲板に倒れてゐる姿が、はつきり見えた。わが爆撃機隊の掃射を避けるやうに右手で顔をおほつてゐる兵もあつた。
大きくめぐつてふり返ると、やがてレパルスの最期が來た。一つ大きくゆれたと見る瞬間(しゆんかん)、もくもくと黑煙を殘しただけで、海中に沈沒した。
「やつたぞ。やつたぞ。二番艦が、レパルスが、沈んだぞ。」
機内總立ちになり、「萬歳。」を連呼する。この歡喜を胸いつぱいにいだきながら、われわれ爆撃機隊は、引きあげて行つた。
六
わが偵察機は、なほも大空をめぐりながら、旗艦ウェールズの最期を見とどけた。
プリンス‐オブ‐ウェールズは、中央と艦尾から煙を吐きながら、八ノットぐらゐの速力で走つてゐた。船體は、ぐつと左へ傾いてゐる。そのすぐあとから、驅逐艦がついて行く。まもなくウェールズの速力は急に落ちて、ほとんど停止したかと思はれた。驅逐艦が寄りそふやうに、傾いたウェールズにぴたりと横着けになつた。そのとたんウェールズから爆發の一大音響が起り、火焔が太く、大きく立ちあがつた。續いてもう一度爆發するとともに、不沈艦は、船尾からするするとマライの海へのまれて行つた。
あたり一面油の海に、南の太陽が、きらきらと光つてゐた。
七
基地へ歸ると、司令は泣いてゐた。大任を果したわれわれ搭乘員も泣いた。地上勤務の者も泣きながら走り寄つて、われわれの手をにぎつた。押さへきれない、あらしのやうな感動が、全員の胸を走りまはるのであつた。
それから三日め、われわれの一隊は、もう一度あの戰場の上空を飛んだ。直下には、何事もなかつたやうに、靑い波頭がかがやいてゐた。この波頭へ向けて、大きな花束を落した。
「敵ながら、最後まで戰ひぬいた數千の靈よ。靜かに眠れ。」
といふ、われわれの心やりであつた。
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ホントに残念でした。
ここでのマレー沖海戦となると、私の小学校時代では、教科とは ズレがあったので教わらず〜でしたね。
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