齋藤彰のブログ
2012年10月28日日曜日
巨体バス
「都電も顔負け超巨体バス」とあります。昭和20年10月6日 読売新聞。
終戦から二ヶ月足らずの頃ですね。
まあ〜当時は、山形あたりでは「バス」とは云わず「ノリアイ ジドウシャ」と、キチンと呼んでいた時代でした。
ただ、察するに、地方では この米国製のバスが地方で走ろうとしても、それを可能とするガソリン(又は重油?)は手に入らなかったでしょう。バスは、すべて木炭バスでしたから。
〜 ともあれ、これだけでもニュースとして取り上げられた時代だったのに興味が湧きますね。
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