2011年7月31日日曜日

あの頃の今頃

 
 
 昭和二十年七月三十日 読売新聞
 「B29三百四十機各都市焼爆」
 「青森へ百二十機 東海へ百六十機 海南、宇和島に約九十機----- 更に六百八十機中国に侵入 呉市付近 大型五十機、小型六十機〜。」

   敵は やり放題!、味方は死骸の山を築く〜〜たまったものではありませんよなあ〜〜。
  (当局は何を申していたか?。)

 「首相 ---- “ 冷静に、軍を信頼し 待て敵撃滅の好機 空襲激烈下 生産力は十分 ” 」
 ---------- もう、誰も本気にして聞いてはいなかったでしょう。

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